日本における高齢者看護人材育成の現状と課題

―学部段階のカリキュラムを中心に

 

  李剣 黒河内仙奈 間瀬由記 金龍哲

神奈川県立保健福祉大学 東京福祉大学

 

1.研究の背景と目的

 日本では医療の高度化、保健・福祉の充実などにより国民の平均寿命が延伸した一方で、出生数は減少し、少子高齢化が大きな社会問題となっている。2020年版の高齢社会白書によると、2019年

 日本総人口は1億2617万人、なか65歳以上人口は3589万人で、総人口に占める割合は28.4%となり、世界で最も高い高齢化率となっている。また今後とも増加傾向と見込まれている。

 こうした高齢化問題の深刻化に伴い、高齢者の生活習慣病である心疾患、脳卒中などの慢性疾患や認知症を抱える高齢者が増加している。病院や高齢者施設、保健センターなど多くの高齢者が利用し、医療・介護のニーズも増大している。そしてそのニーズに対応する人材確保も重要となっている。なかでも看護職は多様な健康レベルや看護場面に応じた高度な看護実践能力と共にチーム医療を先導する役割を担うことを社会から期待されている。したがって、超高齢社会を支える専門職として、高齢者看護に関わる人材の育成が極めて重要となる。

 日本の高齢者看護は1989年に看護教育カリキュラム上で位置づけされた。それまでに成人看護学のなかに含まれていた。最初は「老人看護学」として名称されていたが、その後社会の変化により「老人」という言葉には否定的な意味合いをもつ風潮がみられるようになり、1997年には「老人看護学」から「老年看護学」と名称変更されていた。また、同じ理由で近年「老人」より「高齢者」という呼び方多くなり、「老年看護学」から「高齢者看護学」と科目名とした使われた大学もある。そのほか、病院や施設、地域などで看護の対象となる高齢者が多いため、高齢者看護を専門に教授する学問の必要性が認識され、大学の高齢者看護実習も大学看護教育なかでの必修科目となっている。

 そこで、現在の日本看護系大学における高齢者看護の基礎教育の内容について、その実態を明らかにし、高齢者看護の基礎教育、とりわけカリキュラムにおける教育の課題と示唆を得ることを目的とした。また、より高い看護の質を追究する日本の高齢者看護学教育の経験が他の国の高齢者看護教育の参考となれば幸いである。

 

2.研究方法

1) 研究デザイン:事例研究(Case study)。質的記述研究。

 (2) K大学を例として、高齢者看護学の具体的なカリキュラムの構成および教育内容について整理を行い、現状やその特徴・特色をまとめていく。

(3)学部段階の高齢者看護の人材育成と課題及び示唆を得る。

 

3.結果

 K大学では、関東地方の医療福祉の人材育成するための公立大学である。高齢者看護教育は看護学科に含まれている。カリキュラム上では、専門創造教育科目として2年次の「高齢者看護学Ⅰ」(概論)から「高齢者看護学Ⅱ」(各論)を辿って、3年次の「高齢者看護学実習」が行なわれる。  

 「高齢者看護学Ⅰ」は2年次の前期で行う。全部で8回の講義で行われている。授業内容は、まず、高齢者の特徴として、高齢者の疫学的な状況、高齢者の健康、QOL、加齢による影響についてなどである。また、高齢者本人だけではなく、その家族や介護者についての講義も行う。次に、高齢者の身体機能の理解として、看護理論や倫理、チームアプローチ、疾患の特徴、認知症をテーマに講義を行う。そのほか教員による講義だけでなく、動画教材や事前課題、個人ワークを行うことで、学生が主体的に取り組めるように工夫している。

 「高齢者看護学Ⅱ」は2年次の後期で行う。各論で全15回である。高齢者のヘルスプロモーションや、地域包括ケアシステム、災害看護、食事、排泄などをテーマに取り上げる。高齢者に多い疾患である、脳卒中と認知症に重点を置きつつ、学生が統合して学べることを目指している。「高齢者看護学Ⅱ」でも、講義だけでなく、学生が主体的に取り組めるよう事前課題や視聴覚教材を用いた工夫をしている。

 「高齢者看護学実習」では、はじめにオリエンテーション、認知症看護の講義、危険予測のトレーニングを行う。次に、高齢者疑似体験、認知症と長期ケア施設についてのDVDを視聴する。フィールド実習では、長期ケア施設3日間、病院4日間の実習をする。最後にグループワークで学びの振り返りをし、発表をすることで学びを共有する。「高齢者看護学実習」では、最初のオリエンテーションするとき、学生に実習目的と目標をしっかり伝えことを重視している。

 実習の前に学生へ認知症看護についてのアンケートを行い、学生の実習や認知症看護への不安があるのかを把握する。そして必要に応じて実習前の認知症看護についての講義では、認知症看護認定看護師を講師として招き、学生の知りたいことや不安についてのアンケート内容を予め講師に伝え、これらの内容が含まれるような講義を実施する。

 高齢者疑似体験について、具体的な体験コースと課題が出され、学生に体験してもらう。高齢者疑似体験をしたのちに、フィールド実習にうつる。フィールド実習中は、学生5~10名あたり1人の教員が実習指導を行う。

 

4.考察

 日本の高齢者看護学教育のカリキュラム構成の最も大きな特徴は、非常に細心の注意を払って多様化されていることである。教科書の知識を教えるだけでなく、学生の主観的な学習の統合に注意を払いながら、視聴覚教材や比較説明などの統合を通じて、教科書の知識をより深く理解し、消化することができる。また、医療施設などの実習の前に、教員はアンケート調査や統計結果を利用して、学生の疑問や問題について焦点化した講義を行い、シミュレーション体験を通じて高齢者の身体機能を体験させる。このような柔軟な教授法は学生の悩みや足りない部分をよりよく把握することができ、学生の問題を解決すると同時に実習中の医療事故のリスクを減らすことができる。

 また、高齢者看護職の需要が今後とも高まっていくため、今後に向けての高齢者看護人材の育成はいままでと同様に、常に時代のニーズに合わせて、そして学生の特徴を踏まえて教育内容の見直し及び必要に応じて調整していくことが重要である。

 高齢者看護学教育における課題では、学生が高齢者をイメージできるようになるために、さらなる教授方法の工夫が必要である。具体的には、主体的な参加、つまりアクティブラーニングである。次に、実習施設の確保と関係づくりである。看護系大学が増える中、質の高い実習施設を確保することは非常に困難となり、そのためにはアウトリーチを行い、管理者やスタッフへの説明をしていくことが重要である。

 

参考文献

 内閣府『高齢社会白書』令和2年版, 1-6. 

 濱畑章子・大塚静香他(2018)「学部教育における老年看護学の教育の考え方」『朝日大学保健医療学部看護学科紀要』第4号,15-21.